今回の公開授業では、弥生時代と同じ方法で実際に土器をつくってみました。

弥生土器とは?
 日本人にとって、米は主食として欠かせない食べ物です。稲作は、今から約2500年前に朝鮮半島から日本に伝わったとする説が有力です。それまで1万年以上にわたって続いた縄文時代は、狩猟(しゅりょう)・漁労(ぎょろう)・採集を基本とする社会でした。
 本格的に稲作が始まったことにより、安定した食料の配給が可能となりました。その結果、人工は増加し、高度に発達した社会が生み出されました。また、鉄器・青銅器といった金属器が出現したのもこの時代です。稲作が本格的に始まったこの段階の文化を「弥生文化」と呼び、その時代を「弥生時代」、使用されていた土器を「弥生土器」と呼んでいます。
12月4日(土)土器をつくろう
 午前10時に大学会館で授業を開始しました。参加者はまず、土器の歴史についての授業を受け、埋蔵文化財資料館で企画展『古代の周防國』を見学しました。
 午後からは、土器づくりの説明を受け、会場に展示した実物の弥生土器を参考にしながら、土器づくりに挑戦しました(写真1)。
 苦労しながらも、約3時間で1人2作品以上つくりあげました。その後、2週間かけて作品を自然乾燥させました。

12月18日(土)土器を焼こう
 午前10時から、埋蔵文化財資料館裏の空き地で土器焼きを開始しました。18・19日の授業は自由参加でしたが、寒い中ほとんどの方が参加してくださいました。
 まず、まきの上に土器をならべ(写真2)、ワラをかぶせて(写真3)粘土で覆いました(写真4)。今回は粘土に赤土を使用したため、皆さん手が真っ赤に汚れてしまいましたが、気にせずに一生懸命作業して下さいました。そのため、午前11時には予定通り着火することができました(写真5)。

12月19日(日)ちゃんと焼けたかな?
 18日の夕方から夜にかけて小雨が降ったため、うまく焼き上がったか心配です(写真6)。はたして結果はいかに…。
 丁寧に赤土粘土を剥がしていきました。赤土も熱で硬く焼けていました(写真7)。慎重に灰などを取り除いていくと… 赤く焼き上がった土器が続々と出現!
 一つも割れることなく無事に焼き上がっていました(写真8)。土器はまだ熱が下がりきっておらず、素手で触るには熱いほどでしたが、慎重に取り上げました。

授業を終えて
 今回の公開授業には、多数のお申し込みをいただいたため、希望された方全員にご参加いただくことができませんでした。誠に申し訳ありませんでした。
 皆さんの作品は、資料館展示室で一定期間展示させていただきました。作品を見た入館者の方々からは、「来年は是非参加したい」との声を頂きました。
 来年度の公開授業の内容はまだ未定ですが、考古学と埋蔵文化財をより多くの人々に親しんでいただけるような内容でおこなう予定です。
 またのご参加を心よりお待ちしております。 
1.土器をつくる
2.まきの上に土器をならべる
3.ワラをかける
4.全体に粘土をはりつける
5.点火!
6.焼き上がり
7.粘土をはがして中を見てみよう!
8.割れずに焼けてた!
前のページに戻る
9.みんなニッコリ! はい、チーズ!